佐竹ともゆきのプロフィール  北海道出身。70歳。日本共産党の職員を長く勤める。鎌ヶ谷市議会議員。日本共産党鎌ヶ谷市委員会副委員長。「生活と健康を守る会」の活動に参加し、多くの人々の生活相談にのっています。

鎌ケ谷市内にある学校給食とトレーニングセンターの跡地
 旧学校給食センター・トレーニングセンター跡地
 
 12月議会・しっかり市民要求とらえて質問
 
 12月議会が始まります。上程されている議案は9件ですが請願や陳情が一件もありません。やはり市民の要求と結びついた運動が少ないことと、市議団からの発信が弱いことを痛感しました。12月は来年度予算の基本的な方向付けがされる月でもあります。市民目線に立って、市の予算が市民生活の役に立つ方向に向いているかどうか、しっかり質問・論戦していかなければと思います。写真は26日、一般質問の通告を提出したあと、宮城議員と一緒に、市内の手通公園の隣りにある給食センターとトレーニングセンターの跡地を視察に行った写真です。広大な跡地で敷地面積4700平米なので市民の役立つ使い方が求められていると思いました。

鎌ヶ谷市民まつりでお馴染みになった「相馬馬追いの騎馬隊」
「相馬野馬追」騎馬武者姿は南相馬のみなさんによる着陣式の再現

13日(土) 恒例の鎌ヶ谷市民まつり開催さる
 恒例の「鎌ヶ谷市民まつり」が、今年も鎌ヶ谷市役所や新鎌ヶ谷駅南口一帯を会場にひらかれました。私は主に、平和行進実行委員会による「被爆者の核兵器禁止署名」のテントを足場にしながら参加者と交流していました。
 毎年恒例となった「相馬の野馬追」は今年も又、南相馬から招いて、古式ゆかしい着陣式の儀式も行われました。
   「相馬野馬追」は、伝説ではその始まりが「相馬氏の祖である平将門(たいらのまさかど)が下総国小金原(こがねはら)に野馬を放ち敵と見立ててこれを追ったことに始まる」とされています。鎌ケ谷市域は、国史跡に指定されている「下総小金中野牧跡(しもうさこがねなかのまきあと)」があるように、「小金原」と呼ばれていた地です。また、相馬藩主を務めた相馬氏のルーツは、鎌倉時代に鎌ケ谷市域の北部を含む「相馬御厨(そうまのみくりや)」と呼ばれる荘園を、下総守護千葉常胤(つねたね)の次男師常(もろつね)が相続して「相馬」を名乗ったことに始まります。その後に福島県の行方(なめかた)郡(現在の南相馬市)に本拠地を移し、野馬追行事もこのとき引き継がれたとされています。
 鎌ケ谷の地の支配は、南北朝時代頃には失われてしまいましたが、鎌ケ谷でも江戸時代には幕府の牧場が設けられ、放牧馬を捕獲・分別した「野馬捕(のまど)り」が行われるなど、「馬」を通じた歴史的な縁があります。福島県の相馬地方と鎌ケ谷の2つの地域が「鎌ケ谷市民まつり」で600年振りに再会しています。

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